詩 吉野弘 『冬の海』

冬の海

 

吹雪のなか 遠く 海を見た。

海は荒れていた。

そして 荒れているわけが 僕には

すぐ わかった。

 

海は 海であることを

只 海であることを 

なにものかに向かって叫んでいた。

 

あわれみや救いのやさしさに

己を失うまいとして

海は狂い

海は走り

それは一個の巨大な排他性であった。

 

吹雪のなか 遠く 走っている海を見た。

 

そして

海の走っているわけが

僕には わかりすぎるほどよく

わかった。

吉野弘詩集 (ハルキ文庫)

吉野弘詩集 (ハルキ文庫)