詩 吉野弘 『冬の海』
冬の海
吹雪のなか 遠く 海を見た。
海は荒れていた。
そして 荒れているわけが 僕には
すぐ わかった。
海は 海であることを
只 海であることを
なにものかに向かって叫んでいた。
あわれみや救いのやさしさに
己を失うまいとして
海は狂い
海は走り
それは一個の巨大な排他性であった。
吹雪のなか 遠く 走っている海を見た。
そして
海の走っているわけが
僕には わかりすぎるほどよく
わかった。
詩 『夢みたものは』 立原道造
夢みたものは...
夢みたものは ひとつの幸福
ねがったものは ひとつの愛
みのあちらにも しづかな村がある
明るい日曜日の 青い空がある
日傘をさした 田舎の娘らが
着かざって 唄をうたっている
告げて うたっているのは
青い翼の一羽の 小鳥
低い枝で うたっている
夢みたものは ひとつの愛
ねがったものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と